GPS将棋関係の一般の方からの質問

第2回電王戦関係で名前が知られるようになったためか,GPS将棋関係の質問が 個人宛に届くようになってきました.研究者以外からのメールには個人的には 回答しませんが,同様の質問を持つことが多いと思われる質問で,質問メールを 公開して構わない場合には,このページ上で回答することがあります.
質問
自分は単なる将棋ファン(なりたて)で、ただ考えることが好きなだけの一般人です。
色んなところ(理研など)に問い合わせてみたのですが行き詰まってしまい、将棋のことならやっぱり将棋が分かってないとダメなのかと思い、電王戦を思い出しました。

自分が知りたいのは、将棋における頓死の発生率です。
もちろん、どこからを頓死とするかの定義も必要だと思います。
読んだ上で駒を取り始めた時点か、駒台に並んだ駒を見て閃いた時か、取った駒を指していて気付くのか。
プロ棋士でも、恐らく時と場合によりけりだとは思っています。
また局面でも確率はどんどん変わりますよね。

ただ、せっかく野球でも分かりやすく打率や出塁率を出し、棋士でも勝率を言われるぐらいですから、頓死ってこんなにすっごい確率でしか起こらないんだよって発表できたら、見てるほうも、おおーってなると思うんですよね。
ちなみに中学時代の数学教師にメールをしたら、俺は分からないからスパコンの導入を勧めると返信がきました。
実際にスパコン京のある理研の部署にも問い合わせましたが、誰もそんなこと考えないので、計算式が分からないからスパコンを動かせないとのことでした。

多分、分かっても社会の役に立つかと言われれば?ですが、古来から哲学とか数学ってそういうものだし、一言でいえば、ロマンです、単なる。
隠されたもの(オカルト)の開示が好きなんです。

この変な人にお付き合いくださるようであれば、返信ください。
回答
ご自分でもお気づきのように,「頓死」の定義は「詰み」などと比べると明確 ではありません.「終局時に詰みがある」というのは必要条件ですが,「終局 時に詰みがある」場合でも,「形作り」のケースも含まれるでしょう.「頓死」 の定義には,「負けた側は詰まされることに気がついていなかったが,相手の 手を指されて初めて気がついた」という条件が含まれると思われますが,これ は棋譜だけからは判断できません.

「プロ棋士なみの棋力があれば,棋譜だけから「頓死」かどうか判断できる. プログラムでもできるはずだ」という仮説も立てることも可能ですが,これは あくまで仮説であり,検証する必要があります.

「プロ棋士なみの棋力があれば,棋譜だけから「頓死」かどうか判断できる.」 という仮説を検証するためには,十分な数のプロ棋士に,十分な数の「終局時 に詰みがある」棋譜を「頓死」かどうか判断してもらう実験をおこなう必要が あります.被験者を集めるのも,被験者の負荷もかかる実験ですし,それだけ のコストをかける意味があるかどうか疑問です.また,個人的には,プロ棋士 でも「頓死」と判断するか迷うような棋譜があるのではないかと思っています.

「頓死」の定義が明確でないことを前提とした上で,「自分なりの頓死」を定 義しても意味がある場合もあります.「自分なりの頓死」はたとえば, 「Bonanza version 6 で250,000ノード探索させた時の評価値が-500以上の状態 から,詰まされる手を指して負けた」といったものです.この定義で「自分な りの頓死」率を計算しても,その数字自体には普遍性はないのは明らかでしょ う.

ただし,「自分なりの頓死」率の数字自体には意味はなくても,「棋譜の集合 Aと棋譜の集合Bの「自分なりの頓死」率に差がある」ということには意味が見 つけられなくはありません.たとえば,

などは統計的に有意な差が現れたならば意味を見出すことは可能です.ただし, これを計測したとしても,「レーティング上位者は下位者よりも「自分なりの 頓死」率が低い」といった自明な結果しか得られそうにないので,個人的には 興味はありません.

コンピュータを用いた人間の棋譜の解析は,チェスにおいては,

Guid, Matej, and Ivan Bratko. "Computer analysis of world chess champions." ICGA journal 29.2 (2006): 65-73.
などでおこなわれていて,将来的には将棋でもおこなわれると思います.その 際には,棋譜における失着の分類の一つとして「自分なりの頓死」にあたるク ラスが用いられるかもしれません.ただし,このような解析は「チェスにおい てはコンピュータの棋力が人間のトップを大きく上回っている」というコンセ ンサスがあって初めて意味を持つものですし,将棋においてはまだそのような 研究が出る段階ではないと思っています.